夏休みに入り、各地で法教育のイベントが真っ盛りです。愛知県弁護士会でも、サマースクールが開かれています。参加した子どもたちが、それぞれのイベントで、ただ「楽しかった」だけで終わるのではなく、将来の糧になる何かを掴んでくれるといいなと思います。
ところで、法教育を説明するときに、「世の中には答えのない問題がある」というフレーズが出てくることがあります。私も、若いころに、「世の中のことは、答えのない問題なのだから、児童生徒から出てきた意見は、否定してはいけない」と教わったことがあります。
しかし、法教育の世界でも、「それは違うんじゃないか」と伝えてあげたほうが良い事柄があります。それは、「個人の尊厳」に配慮できていない意見、言い換えれば、一人ひとりを大切な存在として扱っていない意見です。
例えば、「ケンカをして勝った人に従わないといけない」という意見が出てきたら、「なるほど、そういう考え方もあるよね」とか言ってる場合じゃないわけです。ただ、そういう事例はわかりやすいのですが、「Aさんはピアノが上手だから、合唱コンクールでは、Aさんにはピアノを弾いてもらいましょう。皆さん、それでいいですよね?」「はーい」「じゃ多数決で…」みたいな事例だと、Aさんが大切な存在として扱われていないのではないかということに、意外と気づけないかもしれません。そのような児童生徒の意見に、「そういうやり方もあるよね」とは私は言えませんし、言ってはいけないと思います。(じゃあ、どう伝えるかというところで、今度は、話者の知識とスキルが試されるわけですが。)
法教育は、あくまで「法の基本的価値」が前提となっていますから、そこは知識であり、「答えのある問題」です。もちろん、知識といっても、暗記するようなことではなく、自然に、当たり前のこととして身につけるべきことです。そのお手伝いをするのも大切な法教育の役割だと考えています。
先日、アップさせていただいた「教材案『法とは何か』」も、その系統の教材です。模擬裁判やディベートといった華やかな授業もいいのですが、もっと身近に法教育を感じてもらうにはどうすれば良いのだろう。最近、そんなことに思いを巡らせながら、過ごしています。